オーナープロフィール

青木 紀子 Noriko Aoki

常に感謝の心と最高のサービスを提供しお客様に感動を

青木紀子

18歳から理美容の専門学校に入り22歳でエステの業界に携わる事になり、経験を経て、エステサロンで働き始めたことで、私自身を成長させるきっかけになりました。私たちエステティシャンの一生懸命はお客様の体に伝わると信じています。

エステサロンにとって最も大切なことは、「お客様の信頼」と「お客様の笑顔」。そういった本質を見失うことのないように、常に感謝の心と最高のサービスを提供しお客様に感動を与えられる様、施術に取り組んで参ります。

保有資格

理容師国家資格

ディプロマ

トータルビューティアカデミー認定
フェイシャルトリートメント
ボディトリートメント
メンズエステ

沿革

◆ 理容師国家資格を取得後、某大手エステサロンに入社

理美容専門学校経て、見習い、理容師国家資格を取得後、エステのお仕事に興味を持ち、22歳の時に某大手のエステサロンに入社致しました。

◆ 一流エスティシャンになる決意

そこからエステの業界に飛び込むことになりましたが、それまでの私のエステに対するイメージとは全く真逆だった事。その時のギャップと衝撃を受けたことを今でも鮮明に覚えています。

エステに通って来るお客様は、元々美意識が高く、更に自分に磨きをかけて綺麗なりたいと言う方ばかりなのかと未熟な私は勝手に思い込んでおりました。しかし実際は、自分にコンプレックスを持っていて自分を好きになれない人、アレルギーや肌荒れ、お顔全体が赤ら顔でニキビで悩んでいる方、ダイエットやリバウンドの繰り返しのストレスが引き起こした過食症や拒食症で身体が悲鳴をあげている方、ホルモンバランスの原因で体毛が男性並みに生えていて、人前で肌を出すことが出来ないので夏でも長袖という方など様々でした。

「本当に心から悩みを解決して、前向きに人生を歩みたいと願い勇気を振り絞って来られたお客様に応えたい。一緒に悩みを解決して行こう!一流のエステティシャンになる」。私はそう決意しました。

◆ 2年で店長、エリアマネージャーに昇格。一生現役エスティシャンへの決意

エステはその方々の人生をも変えることができる素晴らしいお仕事だと実感しました。それから私の猛勉強が始まりました。幸い、良い上司にも恵まれ結果も出す事ができ、2年で店長、エリアマネージャーまで昇給する事ができました。その頃になると出張、転勤やらで忙しい日々ではありましたが充実感がありました。なぜならこのお仕事にとても遣り甲斐を感じていましたし、単純に好きだったからだと思います。

この業界で、当時はまだ20代の、人間的にも未熟な私を育てて頂いたのは何よりもお客様です。転勤の度にお客様から頂いた心温まるお手紙を今でも大切にとってあります。生涯、セラピストとして何歳まで出来るかはわかりませんが、一生現役でお仕事をして行きたいと思わせて頂けた事に感謝です。

◆ 結婚・退職後、ママ友の言葉がキッカケで自宅の一室をエステルームに

仕事での転勤先でご縁があり結婚を機に、広島に引っ越してきました!そして、子供を授かったと同時につわりが酷くて職場はいつでも復帰してかまわないと言う環境でしたが泣くなく退職いたしました。見知らぬ土地での結婚生活と、子供が生まれてからは慣れない子育て…。初めてのことばかりで、悩みも尽きませんでしたが徐々に子供を通じて知り合った人達との人間関係も築いて行ける様になりました。親や姉妹、親戚、昔からの友人が近くにいなかった事で寂しいと思った事もありましたが、後に二人目の子供を授かり専業主婦としてそれなりに楽しい時間を過ごしていました。料理上手な母と叔母の影響で、「食」に関しては拘りがありました。
そして私が作ったもので、家族や友人の喜ぶ顔!それが一番の喜びでした。

2004年頃に転機が訪れます。

私の子育て感として幼稚園に入園するまでは、仕事をせずに人に預けずに出来る事なら自分で育てたいと思っていました。それは子供の成長は早く日々変わって行くので私の知らない間に歩く様になったり、お話が出来るようになったり、おむつが取れたり、箸が持てるようになったりするのが単純に寂しい。それだけです。下の娘が幼稚園に入り、ようやく自分の時間が持てるなと思っていたタイミングに幼稚園のママ友に前はどんな仕事していたの?と聞かれて「エステティシャンだよ!」と答えました。

ママ友:「いいなぁ私もエステ行きたいけど子供が小さいと、なかなか行く時間も限られるし、敷居も高い感じだし出来るならやって欲しいな」

この言葉がきっかけとなり、自宅の一室をエステルームに変えて子育てママさんがエステを楽しみに来るようになりました。当然子連れOK!子供同士その間は遊んでいられるので一石二鳥です。ランチやおやつは私の手料理です。気を使うことなく、楽しく、綺麗になってテンション上がるしそんな母親を見ている子供たちも嬉しそうでした。気付くと我が家はたまり場状態でいつも賑やかでした。施術なしのお茶のみだけ来た人は、当然、子供のお迎えや子守担当です。そうして、みんなで助け合いよその子もわが子と同じ様に接してきました。
それに、また好きなエステの施術が出来る事も何よりもありがたい事でした。

◆ パートでエステティシャンで働くも憤りを覚え「サロン開業」のため帰京を決意

その後、更なる転機が訪れました。
私がしているお仕事は、夢を売るお仕事でもあると考えます、これからするお話は避けるべきかと思いましたが、逆に一生懸命頑張っている世の女性の皆様に向けて幾つになっても夢は叶えられる事。職種に関係なくブランクがあったとしてもやりたい事があるならば自分を信じていれば必ず叶う。と言う事をお伝えして何かの
メッセージや励みになれば幸いです。

私の夫は自営業を営んでおりました。従業員も抱え仕事は順調でしたが、不景気の波が押し寄せ、下請けの会社だったせいで上の会社からの支払い遅れる様になり、最悪は支払われずに勝手に倒産しまう所もありました。
しかし、従業員にはお給料を支払わなければならないし、生活も仕事もある。たちまち借金で火の車になって行きました。「世の中こうした立場の方は沢山いるし、もっと悲惨な状況の人もいるはず、ここは家族で助けあっていかなくては行けない」そう夫婦で励まし合いながらが何年も頑張ってきましたが、ある時から夫は頑張る事を諦め、子供達を守る事も考えなくなり、私を頼りにする様に変わっていきました。

その時私は、私が子供たちを守り育てて行くと覚悟をしました。子供たちに寂しい思いだけはさせたくなかったので、時間が有効活用できるよう仕事を3つほど掛け持ちし、必死で働きながら子育ても両立させていきました。パート採用でも可能なエステサロンにも行きましたが、とてもじゃないけれど友達も呼べない様なずさんなやり方、お客様をだますようなサロンもあり、私が意見を言う物ならば、プライドがあり過ぎるとか、キャッチセールスのような事をさせられ、断ると子供を養うのに甘いんじゃないかと、独身のはるかに私よりも若いスタッフに言われた時はさすがに堪忍袋の緒が切れました。そしてどちらもすぐに辞めました。

こんなエステサロンがあったのか?
自分にプライドなんかありませんが仕事に対するプライドは負けません。その時、私に心に火が付きました。
「自分でサロンを持ちたい。お客様が求めている、自分が行くならこんなサロンに行ったみたい。そういうサロンを私が開業したい」と…。それら4年が経ち今から約6年前に長男が中学に入り将来の事も考え東京に戻る事にしました。沢山の思い出や友人、お世話になった方々との別れは辛かったですが、親や姉妹、親戚、竹馬の友がいるこちらに帰って来ました。

◆ 念願の自分のエステサロン「シュエット」オープン

某大手の会社に入社しインストラクターとして、エステティシャンの育成兼サロン業務を経て開業に向けての準備スタート!

2011年の12月にシュエットオープン。

念願のサロンをオープンする事が出来ました。私が自分のエステサロンを開業したいな…と、このお仕事に携わった時から夢として淡々とありました。約10年前にしたいな~絶対するに決めた時、ずっと曇りがちだった心が、スーっと晴れていくのを感じました。それまで悶々と悩んできた事柄が、次々と癒されていった瞬間でしたし、前向きにもなれました。
「どんなに辛い出来事も、必ずプラスの面がある!」
「乗り越えられない出来事は起きない!」という事を学びました。
すると辛いことが起きても動じなくなりました。過去の辛い思い出も、ただの経験として思えるようになりました。

◆ 今日もお客様一人ひとりに心をこめて

シュエットを通じて、私がお伝えしたい事。それは、自分らしく、晴れ晴れとした笑顔で生きていける女性を増やすことです。自分の軸をしっかりと持ち、凛と輝いている女性こそ、美しいと思いませんか?そして何より、女性の笑顔は、子供の笑顔、働く人の笑顔、さらには日本中の笑顔につながります!私が今の自分があるのは、今まで出会って来た方々のお蔭だと感謝しています。また、いつも近くで支え、静かに見守ってくれている家族や友人達にも恩返しの意味も込め、本来のエステの素晴らしさをより多くの方に伝えて行きたい。企業に属していたら出来なかった、ひとりひとりの方への時間をかけ、ひとりひとりの方への違うトリートメント。最近のエステサロンの傾向として担当制ではなく、毎回同じお客様のトリートメントが出来ない悲しさ…。これからは、よりたくさんの女性のキレイの為に今までの経験が生かせればと思っています。

今日も1人1人のお客様に心を込めて施術させて頂き日々精進致します。
ここまでお読みいただきましてありがとうございました。